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世界を見渡せば、ものづくりの現場は大きく変化しています。ものづくりの世界はどんどん複雑化し、個別化しています。かつては電子立国と呼ばれていた日本は、得意の電子産業で他国のメーカーとの競争に敗れてしまいました。それだけではなく、半導体やEVの分野でも大きく遅れをとっています。半導体では、かつて世界市場で50%以上のシェアを占めていましたが、近年は6%ほどにまでシェアを落としています。
さらには、製造現場におけるデジタル化による標準化やデータ活用についても、世界との差が拡大していくばかりです。冒頭から暗い話になってしまいましたが、日本の製造業に明るい未来がないのかと言えば、決してそんなことはありません。「不確実性」ということが頻繁に言われますが、そもそも過去の歴史において「確実」な経済が存在したことはありません。いつの時代でも、ピンチの時にしか本当のチャンスはありません。不確実であるからこそ、その先には可能性が広がっています。日本の製造業でデジタル化が遅れているのであれば、その遅れを取り戻せば良いだけのこと。工場の設備や現場の技術力、改善力は今でも世界一です。パソコンで例えるなら、OSは世界一なので、その上で動かすアプリケーションを書き換えれば、また必ず返り咲けるのです。
2024年4月07日 執筆:東 聖也(ひがし まさや)
1.製造業の未来を変えるPLCの革命
私は長年、ソフトウェア開発の環境に身を置いていますが、常々製造業との類似点の多さに気付いていました。例えば、世界的ベストセラーとなったゴールドラット博士の「ザ・ゴール」で紹介されるTOC理論(制約理論)なども、ソフトウェア開発の現場に応用が効きます。実際、私たちが独自開発している輸快通快(ゆかいつうかい)という物流最適化支援のソフトウェアも、このTOC理論をヒントに開発されています。
ですから、ソフトウェア開発に携わる者として、Windowsがパソコン業界を一変させた事例が今まさに製造業でも起ころうとしていると感じています。
その一つが、PLCです。
製造業界の人でなければ少し話は分かりにくいかもしれませんが、製造現場で機械を制御する際にPLC(programmable logic controller)というコントローラーに制御プログラムを書き込みます。現場では「ラダー」と呼ばれています。私も実際に現場でラダーをプログラミングする様子を目にしましたが、それはパソコンで一般的に行われるプログラミングとはまったく異なるものでした。まるで電気回路図をパソコンの画面に表示しながら、スイッチのONやOFFなどの制御を組み立てるような感覚です。PLCは三菱電機、オムロン、キーエンスなど、さまざまなメーカーから提供されており、それぞれ独自の制御システムがあります。
パソコンの世界では、デルやHPなどメーカーが違っても、OSがWindowsに統一されているので、基本的に開発言語は同じものが使えます。しかし、PLCの世界においては、完全にクローズドです。各メーカー専用の制御プログラムで構築する必要があります。
しかし、ヨーローパではPLCの汎用化が進んでいます。例えば、ドイツに本社を置くフェニックス・コンタクト社のPLCが採用しているOSはLinuxです。
LinuxはWindowsほど知名度はないものの、パソコンの世界ではWindowsに並ぶほど汎用性の高いOSとして知られています。少しパソコンに詳しい方なら聞いたことがあると思います。
同じくドイツのWAGO(ワゴ)のPLCもLinuxをOSに採用し、オープンな開発環境を提供しています。こうなってくると日本のPLCメーカーもクローズドのままでは、市場を海外メーカーに一気にひっくり返されることでしょう。
■フェニックス・コンタクト社のPLC
2.オープンソースと標準化が牽引する製造業のデジタル革命
オープンソースのソフトウェアやLinuxを使用することで、PLCの開発やカスタマイズが容易になります。オープンな開発環境を利用できるようになれば、従来の特許や著作権で保護されたなシステムに比べて柔軟性や拡張性が高く、さまざまなハードウェアやソフトウェアとの統合が容易であるという利点があります。ヨーロッパでは、とにかく標準化とエコシステム化が進んでいます。また業界全体で重要な情報を共有するという文化が日本よりも強く根付いているように感じます。重要な情報を共有することは、デジタル文化や社会全体の発展や進化にとって非常に重要な役割を果たします。また、企業や開発者がこれらの技術を積極的に採用することで、産業用コントロールシステムの透明性や柔軟性が向上し、イノベーションが促進されることが期待できます。
こうした動向は、製造業のデジタル化やIoT(Internet of Things、モノのインターネット)の普及に伴ってますます重要性を増していくことは間違いありません。
3.日本製造業の再興への鍵はデジタル化と標準化
日本の製造業が逆転を果たすためのキーワードは、「デジタル化」と「標準化」です。ここを方向性を見誤らずに改革を急ピッチで進めていければ、我々の製造業はジャパン・アズ・ナンバーワンを取り戻すことができると確信しています。ピンチの先にあるのは、可能性に溢れた明るい未来です。
製造業以上にデジタル化や標準化が遅れているのが物流業です。物流業界は本来、製造業以上にこれらの取り組みが必要ですが、現状ではごく一部の企業でしか進んでいません。物流の世界では、まだまだ基本的な部分が標準化されていません。その最たる例がパレットです。一応の標準サイズは1100ミリ×1100ミリ×144ミリとされていますが、このサイズが占める割合は全体の30%程度に過ぎません。対照的に、EUではこの標準化率が90%にも達しており、我々の遅れが如何に大きいかが明らかです。パレットのサイズが異なれば、仕分け作業や運搬作業に無駄が生じるばかりか、保管効率も低下します。その結果、効率性や生産性に悪影響を及ぼすことは明白です。
そこで私たちは、「製造業の物流」に焦点を絞り、デジタル化と標準化を支援することによって、業界により深く貢献することを決意しました。私たちがこれからやろうとしていることは、他の誰かに任せておけば良いのかもしれませんが、実際には誰かが着手しなければならない重要な課題です。日本のメーカーが世界と競争し続けるために、物流のデジタル化の遅れを取り戻す手助けが出来ればと考えています。私たちは、メーカー物流がどのように進化すべきか、その方向性を示すことができればと思います。私たちの取り組みが、ただ単に技術の導入やプロセスの改善に留まらず、産業全体の未来を模索し、日本の製造業を次のレベルに導く重要な一歩となることを願っています。