成長を目指す製造業のための物流デジタル戦略 ~物流を科学する後編~|オープンソースの倉庫管理システム(WMS)【インターストック】

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成長を目指す製造業のための物流デジタル戦略 ~物流を科学する後編~

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 画像素材:tadamichi/PIXTA(ピクスタ)

昨今、製造業者、小売業者、物流業者、銀行、大学を問わず、すべてのビジネスはデジタルビジネスと言っても過言ではありません。デジタルサービスはあらゆる組織の生命線となっており、人々の働き方、購入、販売、関係構築、学習の方法を強化しています。しかし、デジタル化が進むにつれ、そのシステムの安定性とセキュリティが非常に重要になってきています。

オペレーション・マネジメントで語られるVCAPモデルにおいて、ビジネスの価値は「能力×(資産+プロセス)」で決まります。能力には「品質」「コスト」「適時性」「多様性」の4つの要素が含まれます。これらのバランスを適切に取ることが、デジタル化戦略の成功に不可欠です。

グリコの最近のシステムトラブルは、これらの要素の重要性を浮き彫りにしました。特に人気商品のプッチンプリンの出荷ができなくなったことは、多くの消費者に影響を与えました。このトラブルは、品質や適時性がいかにビジネスの価値に直結するかを示しています。プッチンプリンの出荷停止は、適時性が損なわれた結果であり、デジタルシステムの脆弱性が顧客満足度に直接影響を与えた例と言えるでしょう。

本稿では、ビジネスの価値を「能力×(資産+プロセス)」と定義するVCAPモデルに注目し、「物流のあるべき姿」を描き、具体的な改革プランを立案する方法について解説します。デジタル時代において、VCAPモデルの理解と適用は企業の競争力を維持するために不可欠です。本稿を通じて、デジタルサービスの恩恵を最大限に享受し、同時にその基盤を強固にするための洞察を得て頂ければ本望です。

 

2024年5月26日  執筆:東 聖也(ひがし まさや)

<目次>

1.本物の価値から目を背けない

2.VCAPモデル4つの能力要素

3.資産を4つの視点で最適化

4.プロセスを4つの視点で最適化

5.真の競争優位を生み出すための原則


1.本物の価値から目を背けない

突然ですが、経営トップの皆さんに質問です。あなたのビジネスにおいて価値とはなんでしょうか?

価値が本物であるかどうかは、成功の必須要件ではありません。しかし、もし皆さんが長期的かつ永続的な成功を望むのであれば必須になるでしょう。企業活動において経営トップは、常にその時重要だと思われる課題に集中的に取り組む必要があります。そして、長期的かつ永続的な成功を望むのであれば、”本物の価値の追求”は常に重要課題となります。

しかし、企業が長期に渡って本物の価値を提供し続けるには、たいていそれなりの投資が必要になるし、短期・長期のコストもかかります。多くの経営者がここで尻込みし、本物の価値の追求から目をそらしてしまいます。短期的な利益にしがみつき、このくらいにしておこうと妥協してしまうのです。だからこそ、そこから目を背けないよう指針を設け、自分を厳しく律し、自分の価値観に真摯であり続けなければなりません。

2.VCAPモデル4つの能力要素

ビジネスの価値は単なる利益の追求だけでなく、顧客満足度の向上や効率的な運営、持続可能な成長を含む広範な概念です。VCAPモデルは、このビジネス価値を定義し、
向上させるための有力なフレームワークと言えるでしょう。VCAPモデルでは、価値を「能力×(資産+プロセス)」で表現し、ビジネスの価値創出を体系的に分析します。

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最初のパラメータである”能力”については、品質、コスト、適時性、多様性の4つの要素で構成されます。ここでの目的は、物流デジタル化を通じて企業の競争力を強化し、
顧客満足度を向上させることですので、物流における4つの能力要素(品質、コスト、適時性、多様性)を評価し、それぞれの要素を改善するための戦略を立てます。

1.品質

品質は高ければ良いわけではありません。目指す市場において受け入れられる品質、戦略において想定される品質が違いますので、このバランスをどうとるかというのを物流デジタル化戦略で決めるのです。

2.コスト

製品やサービスの提供に関連するすべての費用を指します。これには、直接コスト(材料費、労働費など)と間接コスト(管理費、倉庫費、輸送費など)が含まれます。
コスト戦略には、業界内で最も低いコスト構造を目指す「コストリーダーシップ戦略」、付加価値のある製品やサービスを提供し、高価格帯で販売する「差別化戦略(プレミアム戦略)」、特定の市場やセグメントに焦点を当て、リソースを集中透過することでコスト効率を高める「集中戦略(ニッチ戦略)」などがあります。コストリーダーシップ戦略はランチェスター戦略における強者の戦略となり、大手企業や市場トップの企業向けの戦略です。一方で差別化戦略、集中戦略は、同じくランチェスター戦略における弱者の戦略となり、中小企業や市場シェア2位以下の企業向けの戦略となります。

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3.適時性

ビジネスにおいて必要なサービスや製品を適切なタイミングで提供する能力を指します。適時性は、顧客のニーズに迅速に対応し、競争優位を維持するために重要です。
物流では、顧客の注文や問い合わせに素早く対応することや、製品やサービスを約束した日時に確実に届けることが適時性の能力としてあげられます。また、市場の変化や顧客の需要に即応する柔軟性もここで評価されます。

4.多様性

多様性とは、製品、サービス、業務プロセス、社員、パートナーシップなどの異なる要素を組み合わせて、企業の柔軟性と競争力を高めることを指します。多様性のある組織は、
変化する市場ニーズや新たな機会に迅速に対応できるため、持続的な成長を実現しやすくなります。物流では、複数の配送手段や3PL、4PL、共同配送などの業務形態などで多様性を高めることができます。

 


3.資産を4つの視点で最適化

次に、”資産”のパラメータを最適化します。資産には、サイズ、タイミング、タイプ、ロケーションの4つの視点があります。

1. サイズ(Size)

倉庫や車両などの物理的な大きさや容量を指します。適切なサイズの資産を保有することは、効率的な運営とコスト管理に直結します。倉庫の容量は、過不足のない在庫を保持するために、需要予測に基づいて倉庫のサイズを決定します。過剰な倉庫スペースは無駄なコストを生み、過少なスペースは在庫不足を引き起こします。車両の容量は、配送車両のサイズを最適化することで、積載効率を最大化します。小型車両と大型車両を適切に組み合わせることで、配送コストを削減しつつ迅速な配送を実現します。

2. タイミング(Timing)

資産を投入するタイミングや活用する時期を決定します。適切なタイミングで資産を投入することは、業務効率とコストパフォーマンスに大きな影響を与えます。シーズン需要は、季節変動やプロモーション時期に合わせて、倉庫スペースや配送車両を柔軟に調整します。例えば、ホリデーシーズンには追加の倉庫スペースや臨時の配送車両を確保します。メンテナンススケジュールは、資産のメンテナンスを適切なタイミングで行い、運用の中断を最小限に抑えます。予防保守を計画的に実施することで、突発的な故障を防ぎます。
また、新たな市場に挑戦を検討する場合は、いつその業界に参入するかというタイミングも重要な問題となります。

3.タイプ(Type)

物理的な設備、技術、ソフトウェア、車両など、資産の種類を指します。適切なタイプの資産を戦略に合わせて保有することで、一貫性のある筋の通った投資が可能になります。倉庫タイプは、自動倉庫、冷蔵倉庫、一般倉庫など、取り扱う製品に最適な倉庫タイプを選定します。自動化された倉庫は、効率的な在庫管理とピッキングを実現します。車両タイプは、小型バン、大型トラック、電動車両など、配送ニーズに合った車両を選定します。例えば、都市部での配送には小型電動車両が適している一方、長距離配送には大型トラックが有効です。
技術資産は、IoTデバイス、ビッグデータ分析ツール、クラウドプラットフォームなど、最新の技術を導入することで、業務効率を向上させます。

4. ロケーション(Location)

ロケーションは、倉庫や配送センターの地理的な配置を指します。戦略的なロケーション配置は、配送効率とコスト削減に大きく寄与します。倉庫配置は、主要市場に近接した場所に倉庫を配置することで、配送時間を短縮し、顧客満足度を向上させます。分散型の倉庫配置は、リスク分散と迅速な対応を可能にします。ハブ&スポークモデルは、中央の大規模ハブ倉庫から小規模のスポーク倉庫へ製品を配送するモデルを採用します。これにより、在庫管理の集中化と配送の迅速化を両立させます。国際ロケーションは、グローバル展開している場合、海外市場に近い場所に物流拠点を設置し、輸送コストを削減します。関税や規制を考慮して、最適なロケーションを選定します。

 


4.プロセスを4つの視点で最適化

最後に、”プロセス”のパラメータを最適化します。プロセスには、ソーシング、テクノロジー、需要、外部環境変化の4つの視点があります。ビジネスプロセスの最適化は、効率性と
競争力を向上させるために不可欠です。

1. ソーシング(Sourcing)

ソーシングは、原材料、製品、サービスの調達方法や供給元の選定を指します。効果的なソーシング戦略は、コスト削減と供給の安定性をもたらします。供給元の選定は、信頼性の高い供給元を選定し、複数のサプライヤーと関係を構築することでリスクを分散します。調達コストの管理は、長期契約や一括購入を通じてコストを削減します。また、グローバル調達を活用してコスト競争力を高めます。サプライチェーンの透明性は、サプライチェーン全体の可視化を図り、リアルタイムでの情報共有と追跡を可能にします。これにより、供給の途絶や品質問題を早期に発見できます。

2. テクノロジー(Technology)

テクノロジーは、業務プロセスの自動化、データ分析、コミュニケーションツールなど、効率化と精度向上をもたらす技術の導入を指します。自動化システムの導入は、ロボティクス、AI、IoTを活用して、倉庫管理や配送プロセスを自動化し、人為的ミスを減少させます。データ分析は、ビッグデータと分析ツールを用いて、需要予測や在庫管理を最適化します。これにより、過剰在庫や欠品を防ぎます。クラウドベースのプラットフォームは、クラウドを活用した統合プラットフォームを導入し、サプライチェーン全体のデータを一元管理します。これにより、リアルタイムの意思決定が可能になります。

3. 需要(Demand)

需要は、製品やサービスに対する顧客の要求や市場の動向を指します。需要の正確な予測と対応は、供給チェーンの効率化と顧客満足度の向上に不可欠です。需要予測は、AIや機械学習を活用して、過去のデータや市場動向に基づき需要を予測します。これにより、生産計画や在庫管理を最適化します。柔軟な対応は、需要の変動に迅速に対応できる柔軟な供給チェーンを構築します。例えば、季節変動やプロモーションに合わせて生産や配送を調整します。顧客フィードバックの活用は、顧客のフィードバックを収集し、製品やサービスの改善に役立てます。これにより、顧客満足度を向上させ、リピーターを増やします。

4. 外部環境変化(External Environment Changes)

外部環境変化は、経済、政治、社会、技術などの外部要因がビジネスに与える影響を指します。これらの変化に適応するためには、柔軟で敏捷なプロセスが必要です。リスク管理は、政治的変動や自然災害などのリスクを予測し、リスク管理計画を策定します。例えば、地政学的リスクに備えて複数の供給元を確保します。規制対応は、新しい法規制や環境基準に迅速に対応するためのプロセスを整備します。これにより、コンプライアンスを確保し、罰則や制裁を回避します。市場動向の監視は、市場や競合の動向を常に監視し、ビジネス戦略を適時に調整します。新興技術や消費者トレンドに対応するための柔軟性を持ちます。


5.真の競争優位を生み出すための原則

そして最後に、これが一番重要なのですが、VCAPモデルを構成する個別の要素を首尾一貫した因果論理で結び付けることで、真の競争優位となる”本物の価値”を 生み出すことができるのです。これらがそれぞれバラバラに思い付きで部分最適された寄せ集めになってしまうと、全体のバランスが崩れてしまい、VCAPモデルの方程式が、かけ算が足し算になったり、足し算が引き算になったりしてしまうのです。物流デジタル化の在るべき姿を経営者が描くには、他社の会社の動向や世間の耳目を集めたベストプラクティスに惑わされてはいけません。真の競争優位を生み出す”本物の価値”の正体は、戦略全体の一貫性の中に置いてみなければわからないからです。たとえ他社のベストプラクティスを真似るにしても、それを取り巻く戦略全体の構成要素のつながりをじっくりと分析しなければ、その本筋はわかりません。

経営トップは、顧客に影響を与える問題が起きたら、あらゆる場所からのシグナルを把握しなければなりません。そしてビジネスが1分あたり、何万円も失っている場合、現場では有効な対応をするための数秒間の余裕しかありません。現場も情報システムも経営層もみな、リアルタイムでデジタルシグナルに対応する必要があります。多様なデータを活用して、適切なレスポンスを調整し、脅威を最小限にとどめます。経営トップは、発生した問題に対処することに集中して、組織のデジタル体制を改善しています。24時間365日使えるダッシュボードを経営者がずっと眺めている必要はありません。

一方、現場はデジタルシグナルに基づいて顧客の経験を改善する必要があります。顧客の不満を軽減するためにプロアクティブに動き、顧客とより速くコミュニケートし、ビジネス機会を生むシグナルを見つけ出します。モバイルトラフィックが急増すれば、すぐにマーケティングチームを呼び、リアルタイムでターゲットキャンペーンを実行して収益を上げます。物流領域のIoTのシグナル、セキュリティアラートや業務トランザクションまで可能性は想像を超えて無限にあるのです。

オペレーション・マネジメントは、最も重要なときにデータを活用できるようにその力を結集します。データを人間の知能と結合して、1秒カウントするたびに複雑さを機会に変え、仕事を有意義な形に昇華させ、美しい顧客体験の提供を可能にします。驚異的なことを達成する力を組織に与えることだって可能なのです。

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