経営において最も重要な問いがあるとすれば、それは「何故それをするのか?」という自問にほかなりません。この問いに対する明確な答えがなければ、いかなる施策も形骸化し、持続的な成長を遂げることは難しいのではないでしょうか。特に、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進においては、この「何故」を深く掘り下げることが不可欠だと考えます。物流DXは単なる技術導入ではなく、企業の競争力強化や持続可能な成長を実現するための手段です。効率化やコスト削減だけでなく、顧客体験の向上やサプライチェーン全体の最適化を視野に入れる必要があります。
WHYアプローチは、デジタル変革を技術導入の文脈から解放し、より本質的な価値創造の文脈に位置づけ直します。それは、組織固有の存在意義と、社会における役割の再定義という、より深い次元での変革を促すものなのです。
本稿では、「何故、物流DXに取り組むのか?」という根本的な問いを出発点に、戦略基盤の第一ステップ「WHY(目的性)アプローチ」のフレームワークについてご紹介します。
2025年2月2日 執筆:東 聖也(ひがし まさや)
1.軽視されがちな価値観
多くのビジネスパーソンは、価値観について深く考えたり語ったりすることに、それほど時間を割いていません。私たちの経験上、彼らの多くは価値観を、どこか曖昧で抽象的な概念として捉えているにすぎません。そのため、組織において価値体系がどれほど重要かを十分に認識していないのです。これは、価値観が組織図や戦略、ルール、予算といった目に見える要素とは異なり、直接的に可視化しにくいものであることに起因しています。
かつてIBMを世界的な企業へと成長させたトーマス・ワトソン・ジュニアは、その著書『企業よ信念をもて』の中で、価値観の重要性について繰り返し説いています。彼は次のように述べています。
「私が確信しているのは、どのような組織であれ、生き残り、成功を収めるためには、健全な信条を持たなければならないということだ。」
物流DXにおいて、「なぜそれをするのか?」という問いを自問することは、自社の信条を明確にし、それをデジタルの形で具現化するという意味においても極めて重要です。しかし、こうした本質的な問いを深く掘り下げることなく、DXに取り組む企業があまりにも多いのが現状です。まさに、先で述べたように、価値観を軽視する傾向が、ここにも表れているのです。
2.物流DXの”なぜ”は三層構造で考える
物流デジタル変革は、”なぜ”という根源的な問いから始まります。この問いは、単なる効率化や生産性向上を超えた、組織の本質的な存在意義への探求を意味します。
マッキンゼーの「7S」フレームワークは、「究極の企業目標」とも称されてきました。これをここまでの文脈で分かりやすく言い換えるならば、「共有された価値観」にほかなりません。つまり、企業の根幹をなす基本的な信条や、最も重要な価値観を指しているのです。
DXの取り組みは、まさにこの価値観を自問することから始まります。何を最優先すべきなのか、自社の存在意義は何なのか――その問いに対する明確な答えなしに、DXを進めても形骸化するだけで、真の変革には至らないでしょう。
ビジネスアナリスト的な視点から見ると、物流DXの目的性は三層構造で捉えることができます。最も表層には業務効率化という可視的な価値があり、その下層には競争優位性の確立という戦略的価値が存在し、最深層には社会的価値の創造という本質的な目的が横たわっています。
この構造をみても、物流DXの目的は単なる断片的な改善施策の寄せ集めではないことがわかります。それは、組織の過去から未来への一貫したナラティブの中に位置づけられるべき戦略的な取り組みです。「なぜ、今、デジタル変革に取り組むのか」という問いは、組織の歴史的文脈と将来展望の中で意味を持ちます。
社会的価値の創造という観点では、物流DXは単なる企業内部の変革を超えて、社会システム全体の革新に寄与する可能性を秘めています。サプライチェーンの効率化は環境負荷の低減にもつながり、地域社会との共生も実現できます。
3.1-1 戦略的基盤 ~WHY(目的性)アプローチ~
それではさっそく、デジタル変革における「WHY」のフレームワークを、サイモン・シネックが提唱したゴールデンサークルの考え方をベースに、3つの要素別に体系化してご説明します。
【組織の根本的な存在意義の明確化】
第1ステップ: 存在意義の深層探索
組織の歴史を振り返り、創業時の志や重要な転換点での決断を分析します。なぜその決断をしたのか、何を大切にしてきたのかを探ります。
第2ステップ: 価値創造の本質理解
組織が提供する製品やサービスを通じて、顧客や社会にどのような本質的な価値を届けているのかを特定します。表層的な機能や性能ではなく、
人々の生活や仕事をどのように豊かにしているのかを掘り下げます。
第3ステップ: 未来への投影
現在の強みと価値創造の本質を踏まえ、将来にわたって守り続けるべき価値と、進化させるべき要素を明確化します。
【デジタル変革の本質的な目的の特定】
第1ステップ: 現状の制約分析
組織が持つ本来の価値創造力を阻害している要因を特定します。特に、アナログな業務プロセスやレガシーシステムによって失われている機会コストを定量化します。
第2ステップ: 解放される可能性の探索
デジタル技術の活用によって、どのような新しい価値創造の可能性が開けるのかを検討します。特に、人間でしかできない創造的な業務に、より多くのリソースを振り向けられる可能性に注目します。
第3ステップ: 変革の核心定義
組織の存在意義をより高いレベルで実現するために、デジタル変革が果たすべき本質的な役割を定義します。
【実現すべき社会的・経済的価値の定義】
第1ステップ: インパクトの多層的分析
変革がもたらす価値を、個人(従業員・顧客)、組織、社会の各層で整理します。特に、定量的な経済価値と定性的な社会的価値の両面から検討を行います。
第2ステップ: 共感の連鎖設計
各ステークホルダーにとっての価値を、感情に訴える形で表現し、変革の意義への共感を生み出す筋道を設計します。これはサイモン・シネックが強調する「感情に響くWHY」の具体化です。
第3ステップ: 持続的進化の仕組み構築
定義した価値が持続的に進化・拡大していく仕組みを設計します。特に、デジタル技術がもたらすネットワーク効果やスケーラビリティを活用した価値増幅の方法を具体化します。
4.おわりに
このフレームワークの特徴は、単なる経営計画の策定ではなく、組織の魂とも言える存在意義(WHY)を起点に、デジタル変革の方向性を導き出す点にあります。サイモン・シネックが説くように、人々の心を動かし、持続的な変革の原動力となる「WHY」を見出すことに重点を置いています。
各ステップは、具体的なワークショップやディスカッションの形で実施可能で、組織の規模や特性に応じてカスタマイズできます。重要なのは、形式的な作業に終始せず、本質的な議論を重ねることです。
次回は、戦略的基盤の第二ステップ「ストーリー駆動の物流DX戦略」について詳しく解説します。お楽しみに!