<目次>
1.VCAP分析モデルについて
勝者の戦略は、いつの時代も明確な指針から生まれます。物流のデジタルトランスフォーメーション(DX)においても、その真理は変わりません。本連載では、経営者の皆様に真の競争優位をもたらす物流DXロードマップ戦略の構築手法を紹介してきました。これまでの3回にわたり、フレームワークの全体像と「戦略的基盤」について解説を重ねてきました。その核心は、組織の存在意義と変革の本質的目的を問い直す作業にあります。「なぜ」という根源的な問いかけから、物流DXの真の方向性が見えてくるのです。
そして今回、第4回では物流DXロードマップ戦略の中核となるVCAP分析モデルに焦点を当てます。オペレーション・マネジメントの世界で広く知られるこのモデルは、ビジネスの価値を「価値 = 能力×(資産+プロセス)」という洗練された方程式で表現します。そして、本フレームワークではこの方程式を逆算的に活用します。まず「戦略的基盤」で定義した価値を出発点とし、そこから必要となる能力、資産、プロセスを導き出していくのです。これは、理想とする未来から現在を見つめ直す革新的なアプローチと言えるでしょう。
「戦略的基盤」で描いた青写真を、いかにして具体的な組織能力へと昇華させるのか。VCAP分析モデルという精緻な分析ツールを用いて、その道筋を示します。
2025年2月16日 執筆:東 聖也(ひがし まさや)
1.VCAP分析モデルについて
デジタル技術が私たちの生活を変えゆく時代において、物流DXは単なるテクノロジーの導入を超えた、組織の本質的な変革を意味します。
その成功の鍵を握るのは、ユーザー中心のアプローチと、戦略的ナラティブの構築です。VCAP分析モデルは、この抽象的な物語(ナラティブ)を具体的な
現場の力へと変換するための羅針盤であり、組織能力を体系的に評価・構築するための重要な枠組みです。複雑なビジネス価値を能力 (Capability)、資産(Asset)、 プロセス (Process)で定義し、最大化するための強力なツールなのです。
例えば、社内で物流DXの戦略会議が開かれたとしましょう。しかし、何の指針も持たずに議論を進めても、各部署から様々な課題が噴出し、結果として場当たり的な部分最適に終始してしまうことが容易に想像できます。これでは、従来のIT導入と何ら変わりません。
VCAPモデルは、価値を「能力×(資産+プロセス)」という数式で表現し、ビジネスの価値創出を体系的に分析します。このフレームワークを用いることで、議論は一貫性のある方向へと導かれ、効果的で戦略的なDX戦略を策定することが可能になるのです。
VCAPモデルに沿って議論を進めることで、各部署の課題が相互に関連付けられ、全体最適の視点に立った戦略立案が実現します。また、具体的な数値目標を設定し、その達成度を評価することで、DX推進の効果を可視化することができます。
VCAPモデルは、単なるIT導入ではなく、ビジネス全体の変革を目指すDX戦略において、羅針盤のような役割を果たすと言えるでしょう。
2.アパレルメーカーの物流DX事例
最初のパラメータである”能力”については、品質、コスト、適時性、多様性の4つの要素で構成されます。ここでの目的は、物流デジタル化を通じて企業の競争力を強化し、顧客満足度を向上させることですので、物流における4つの能力要素(品質、コスト、適時性、多様性)を評価し、それぞれの要素を改善するための戦略を立てます。物流デジタル化における組織能力の構築は、単なる効率化を超えた戦略的な物語として紡がれるべきものです。
あるアパレルメーカーの事例から始めましょう。この企業は、「すべての人に、その人らしい装いを」という想いから物流改革をスタートさせました。これはまさにシネックの提唱する「WHY」の探求から始まった変革です。物流における4つの能力要素は、以下のように戦略的な物語の中で再定義されました。
品質:単なる商品保護や納品精度の向上ではなく、「お客様の大切な一着を、その価値にふさわしい形でお届けする」という物語です。この企業は、AIを活用した検品システムと、デジタル化された梱包指示により、商品の価値を最大限に保つ物流品質を実現しました。
コスト:「無駄のない物流」ではなく、「お客様に価値を届けるために必要な投資」という観点から捉え直しました。データ分析による需要予測の精緻化と、自動倉庫システムの戦略的導入により、長期的な視点でのコスト最適化を実現しています。
適時性:「より速く」ではなく、「お客様の期待に応える」という文脈で再解釈されました。リアルタイムの在庫可視化とAIを活用した配送ルート最適化により、約束した時間での確実な配送を実現しています。
多様性:「様々なニーズへの対応」を超えて、「一人ひとりのライフスタイルに寄り添う」という物語へと昇華させました。オムニチャネル対応の物流プラットフォームにより、店舗受け取り、自宅配送、指定場所への配送など、柔軟な選択肢を提供しています。
この事例が示唆的なのは、各能力要素をデジタル化の文脈で捉え直す際に、楠木健氏が提唱する「ストーリーとしての競争戦略」の考え方を体現している点です。数値目標の達成や効率化という表層的な目的ではなく、顧客に提供する本質的な価値を物語として紡ぎ出しているのです。
さらに、私はこの企業の物流DXを進める中で、以下のような重要な気づきを得ました。
1. デジタル技術の導入は、常に「なぜそれを行うのか」という問いに基づいて判断される必要があること。
2. 各能力要素の改善は、独立した取り組みではなく、統合的な物語の一部として位置づけられるべきこと。
3. 従業員の共感と参画(エンゲージメント)は、明確な「WHY」の共有から生まれること。
3.守山乳業様の物流DX事例
もう1つ興味深い事例を紹介しましょう。守山乳業の事例を、VCAPモデルの「能力」パラメータに基づいて分析してみます。
守山乳業は「お客様への輸送や保管品質の向上」という本質的な価値提供を目指して物流改革をスタートさせました。同社の改革は、単なるデジタル化ではなく、顧客への確実な価値提供を実現するための戦略的な取り組みとして展開されました。
品質:
守山乳業は「きちんと運べる」ということ自体を新たな商品価値として位置づけました。2024年の物流危機を、物流品質を差別化要因として再定義するチャンスと捉えています。WMSとLFAの統合システムを導入することで、単なる配送管理を超えて、確実な配送という付加価値を創造しています。山口取締役が語るように、「きちんと届けるという責任を引き受け、どんなことをしてでも届け続ける」という強い意志が、デジタル化を通じた品質向上の原動力となっています。
コスト:
守山乳業のアプローチは興味深いものでした。以前は「外部委託先に提示されたコストと提案を、受け入れるか・受け入れないかを決めるだけ」という受動的な立場でしたが、物流の内製化とデジタル化により、能動的なコスト管理を実現しました。システムを通じて「運送会社の荷量バランス調整や、コスト抑制などの柔軟な設定変更が容易に」なり、戦略的なコストマネジメントが可能となりました。
適時性:
「即納・即答体制の構築」を実現したことは、適時性における大きな進化でした。従来は「お客様のご希望に対して、委託先に要望を伝えて考えてもらう」という時間のかかるプロセスでしたが、デジタル化により迅速な対応が可能になりました。システムの操作性の高さにより、導入後3日目には引き継ぎが完了し、5ヶ月で操作可能な担当者が5名に増加するなど、組織全体の対応力も向上しています。
多様性:
物流環境の変化に柔軟に対応できる体制の構築は、多様性の観点から重要な成果でした。新規拠点の設置や拠点移動といった変化にも柔軟に対応できるシステムを構築し、お客様のニーズに応じた的確な提案が可能になりました。特筆すべきは、管理部の北村氏が指摘するように、作業者の労働環境への配慮も含めた多様な要素のバランスを取りながら、システムを構築した点です。
守山乳業の事例が示唆的なのは、物流デジタル化を単なる効率化としてではなく、「お客様のニーズへの的確な対応」という文脈で捉え直している点です。特に、2024年の物流危機を「物流という付加価値をお客様に再評価していただけるチャンス」と前向きに解釈し、デジタル化をその実現手段として位置づけている点は注目に値します。
私はこのプロジェクトを通じて以下の3つの重要な示唆を得ることができました。
1. チームワークの重要性:管理課の大橋課長を中心としたチーム一丸となった取り組みが、デジタル化の成功を支えました。
2. 段階的なアプローチ:厚木倉庫での1次フェーズ、神奈川工場での2次フェーズという慎重な展開により、リスクを最小化しました。
3. 経営層のコミットメント:社長(現会長)による「1年間物流立ち上げに専念できる環境」の提供が、プロジェクトの成功を支えました。
この事例は、物流デジタル化における「能力」の構築が、技術導入を超えて、組織の変革と価値創造の機会となり得ることを示しています。
4.おわりに
これらのアプローチは、みなさんの会社でも実践可能です。例えば、医薬品卸売業では「命を守る物流」という物語のもと、温度管理や配送時間の正確性にデジタル技術を活用できます。食品物流では「食の安全と鮮度を届ける」という文脈で、IoTセンサーとブロックチェーンを活用したトレーサビリティを実現できるでしょう。これらの事例が示すように、物流DXにおける「能力」の構築は、単なるデジタル技術の導入を超えて、組織の存在意義と深く結びついた戦略的な物語として展開される必要があります。その物語は、明確な「WHY」から始まり、4つの能力要素を通じて具体的な価値として顧客に届けられるのです。
次回は、VCAP分析モデルの資産(Asset)とプロセス(Process)について詳しく解説します。お楽しみに!