<目次>
1.全員がお客様という発想
物流DXは、単なるテクノロジーの導入ではなく、組織の根本的な変革を意味します。これまで「戦略的基盤」で明確にした通り、成功する物流DXは明確な目的(WHY)から始まり、組織固有の戦略的ナラティブによって方向づけられます。この変革は、効率化やコスト削減といった表層的な目標を超え、組織の存在意義を再定義し、社会的・経済的価値の創出へと昇華させるものです。そして、VCAP分析モデルを通じて、変革の中枢メカニズムを明らかにする手法を紹介しました。組織の価値観(Values)が変革の方向性を定め、必要な能力(Capabilities)を特定し、資産(Asset)を再設計し、プロセス(Process)の再構築による成功メカニズムを可視化しました。
そして、これらの戦略とメカニズムを実行に移す上で最も重要な準備段階が、今回提示する「ユーザー中心のDXアプローチ」です。なぜなら、どれほど緻密な戦略も、実際にそのシステムを利用する人々の視点と経験に根ざしていなければ、実装段階で挫折する可能性が高いからです。物流DXの成功は、テクノロジーそのものよりも、それを取り巻く人間の行動変容と受容にかかっています。今回は戦略の実行準備として、組織内外の多様なステークホルダーを巻き込み、彼らのニーズと課題に基づいた変革を設計・検証するための体系的アプローチをご紹介します。
2025年3月2日 執筆:東 聖也(ひがし まさや)
1.全員がお客様という発想
私たちが仕事を行う上で、大切にしている考え方の一つに「全員がお客様」というのがあります。これは、実際のお客様だけでなく、社員、協力パートナー、仕入先など、仕事に関わるすべての人をお客様として捉える考え方です。なぜこのような考え方が重要かというと、DXとは本質的に新しい価値を創造することだからです。新しい価値を生み出すには、仕事に関わるすべての人に対して「お客様」という視点で接することで、初めて真の価値を生み出すアイデアが生まれるのです。
例えば、荷主企業から見れば運送会社は荷物を運んでくれる協力者です。自社のお客様と同等に運送会社とも接して、彼らの抱えている課題を解決してあげることが重要です。よくネット通販で商品を購入した際、梱包箱に「この商品はお客様の大事な商品が入っています。大事に取り扱って下さい」と表記されてありますが、私はあれには違和感を覚えます。本当は運送会社のドライバーも大事なお客様のはずです。
仕事に関わる人々には、それぞれにゲイン(望み)もあればペイン(障害)もあります。彼らの一つ一つのニーズはすべて、DXにおいてはアイデアの宝箱なのです。この宝箱を開けずしてDXを進めることは、非常にもったいないことだと言えるでしょう。
今回ご紹介する「ユーザー中心のDXアプローチ」のフレームワークは、仕事に関わる全ての人がお客様という視点にたって、全員へのインタビューやアンケートを実施し、より詳細な情報を収集することが目的です。これは今後、物流DXの実装を進めていく上で重要な準備段階になります。
2.カスタマーマッピング
「ユーザー中心のDXアプローチ」のフレームワークの始めの一歩は、カスタマーをマッピングすることです。これは簡単です。自社に関わる全ての利害関係者を以下のシートを参考に整理しましょう。
倉庫作業員や配送ドライバーを個人を特定できる形でマッピングすることも可能ですがあまり多くなりすぎるとこの後の分析が大変になりますので、役割や利害関係の要素で大きく分類して整理することをおススメします。社内であれば「内部」、社外であれば「外部」でマッピングしてください。デジタルリテラシーについては、そのレベルに応じて「高」「中」「低」でマッピングしましょう。その他にも社長、経営層、株主、顧客などとにかく自社に関連すると思われるものについては、一通り列挙してください。関係者を全て顧客(カスタマー)として表現しているため、これまで「顧客」としていた商品の販売先については、toBの場合は「納品先」、toCの場合は「一般消費者」などと記載すればあとで混乱しなくて済むでしょう。
3.VPC分析
次に、顧客を一通り列挙できたところで、VPC(バリュープロポジションキャンパス)分析を行います。横文字が長くてすみません。これは顧客の仕事、望み、障害を整理する分析フレームワークの一つです。VPC分析はプロダクト開発などに用いられますが、私はこのフレームワークを気に入って頻繁に活用しています。実際、私たちの商品やサービスもこの分析フレームワークを用いて考案されています。しかし、VPC分析は意外と知名度が低く、広く利用されていないため、もっと多くの人に使って頂きたくてこの物流DX戦略フレームワークに取り入れました。DXの本質は新しい価値の創造ですのでこうした顧客アプローチ型の分析手法と相性がよいのです。VPC分析は、「顧客の本当の価値を整理し、効果的な提案を生み出すための実用的なツール」、このような理解をしていただければと思います。
まず右側の円が顧客の情報を整理する個所です。左側の正方形は顧客の障害を取り除き、望みを叶えるために提供する価値や機能を整理する個所になります。
1つずつ詳細を解説するよりも、実際の事例を参考頂いた方がイメージしやすいと思いますので、守山乳業様の事例をこのVPCフレームワークに当てはめてみましょう。
いかがでしょうか。実際の事例を参考頂ければそれほど作成するのに苦労はしないと思いますが、1点だけ上手に作成するコツをお伝えします。
例えば、顧客の悩みが「物流コストの高騰」だとした場合に、悩みを無くす価値の設定が、「低コスト物流」だとただペインを裏返しただけの薄っぺらな価値設定になってしまいます。顧客の望みや悩みを眺めながら、どのような価値や機能を提供すれば、包括的に顧客に満足頂けるかを考えましょう。また共通のペインやゲインがあれば、それを中心に提供機能を検討するのも有効です。上記の守山乳業の事例についても、ご覧頂くと分かると思いますが、複数の望みや悩みに対してそれを包括する解決策を簡潔に一文で表現しています。
4.おわりに
いかがでしたでしょうか。このフェーズを丁寧に進めることで、後の実行戦略をより強固な基盤のもとで構築することが可能になります。またここで整理した内容は、後のシステムのモニタリングと継続的改善のサイクルにおいても、真に意味のある指標に基づいて展開することができます。「ユーザー中心のDXアプローチ」は、物流変革の成功と失敗を分ける決定的な準備段階です。これにより、理論と実践のギャップを埋め、組織全体の参加意識を高め、持続可能な変革の基盤を構築します。技術主導ではなく人間中心の変革を実現することで、物流DXは単なる業務効率化を超え、真の競争優位性と価値創造へとつながるのです。
ユーザー中心のアプローチは、すべてのステークホルダーを顧客として捉え、価値(バリュー)を提案(プロポジション)するという視点に立ちます。 今回ご紹介した内容はあくまで一例であり、実際の業務に合わせてカスタマイズしてください。各ステークホルダーへのインタビューやアンケートを実施し、より詳細な情報を収集することが重要です。
守山乳業では、システムカットオーバーの際、物流事業者を招待し食事をふるまい、これまでの労をねぎらい、今後の協力を依頼していました。初めて見た光景でした。これには、全員がお客様という考え方が根底にあるのだと感じることができました。当然開発ベンダーである私たちも何度もお食事をご馳走になりました。ごちそうさまでした。