成長を目指す製造業のための物流デジタル戦略 ~2軸思考編~|オープンソースの倉庫管理システム(WMS)【インターストック】

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成長を目指す製造業のための物流デジタル戦略 ~2軸思考編~

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 画像素材:78create/PIXTA(ピクスタ)

「物流クライシス」、「2024年問題」といった物流に関連する社会問題。まさか製造業に関係ないと思っていませんか?製造業は作ったものをお客様にお届けしてはじめて売上を立てることができます。「そんな当たり前のこと言われんでも分かっとるわい!」と読者の皆様のお叱りの声が聞こえてきそうですが、少し落ち着いてもう少しだけ私の話にお付き合いください。

私たち人間は動物なので、生きる上で一番大事なことはごはんを食べることです。つまり「生きる」ということは「食べる」こととイコールなわけですね。製造業も同様です。
モノを「作る」ことは「運ぶ」こととイコールなわけです。製造と物流は、製造業が生存する上で不可欠な両輪なのです。

人間の「食べる」行為は「食料を口から摂取し、体内で必要な栄養分を吸収し、排泄する」という生理現象です。しかし、食の本質は、この無機質なプロセスに留まるものではありません。私たち人間は「生きる」を楽しむために、「食べる」を創意工夫によってより豊かな営みに昇華させます。食の世界は文化、歴史、風土、宗教、娯楽など、様々な要素が複雑に絡み合う奥深く豊かな世界なのです。

「運ぶ」という営みも同じです。「製造したモノをパレタイズして、トラックに積み込み、高速道路を突っ走って納品先に届ける」といった無機質なプロセスだけですべてを語れるわけではありません。物流の世界も「運ぶ」人の創意工夫によって、より豊かな社会を創ることができるのです。今回は物流デジタル戦略を立案する上で、「運ぶ」という概念を新たな視点から捉えて考えてみたいと思います。本稿が、製造業経営者の皆様の物流デジタル戦略立案の一助となればとても嬉しいです。

 

2024年5月12日  執筆:東 聖也(ひがし まさや)

〜在庫を捉える視点がオーダーサイクルタイム(OCT)短縮化のカギ〜 (3)

<目次>

1.物流クライシスは製造業こそヤバイ!?

2.コスト眼鏡を外して物流を見る

3.縦軸と横軸の2軸で捉える

4.社会全体の付加価値を創造する


1.物流クライシスは製造業こそヤバイ!?

製造業は流通小売業とは違って、実に複雑なサプライチェーンで成り立っています。そのため、「物流クライシス」や「2024年問題」といった物流課題は、むしろ製造業の方がやばいのです。これに製造業経営者の皆さんはやく気付くべきです。「製造する」とは、「物流する」とイコールです。物流クライシスがこれ以上深刻化すれば、行き着く先はイギリスです。
イギリスでは、EU離脱に伴うトラックドライバー不足が深刻化し、年収1000万円を超える求人広告が出ても人材確保が困難な状況に陥りました。その結果、店頭では定番商品の欠品が頻発し、製造業・小売業双方に甚大な損失をもたらしました。

であれば早急に物流デジタル化で物流改革しすればいいじゃないかと思うのですが、これが中々思うように進んでいません。私の考えるその最大の理由は、物流をコストで捉える視点が蔓延っているためです。その視点をちょっとだけ変えてみませんか、というのが今回の提案です。
 

2.コスト眼鏡を外して物流を見る

円安が日本の企業の経営に大きな影響を与えています。特に製造業にとっては、輸入原材料や部品の価格上昇によるコスト増が大きな経営課題となっています。一方、円安は輸出企業にとっては追い風となります。しかし、円安の恩恵を受けるためには、単に価格競争力をつけるだけでなく、サプライチェーン全体の効率化によるコスト削減も重要です。ピンチは常にチャンスです。円安を絶好のチャンスと捉え、物流デジタル戦略を成功させることで、コスト削減と収益拡大を目指したいところです。

円が高いか、安いかで皆一様に一喜一憂していますが、円相場を、「高低」の縦軸だけで捉えるのは危険です。為替レートは、経済情勢、政治情勢、金融政策など、様々な要因によって複雑に変化します。これらの要因を総合的に分析し、多角的な視点から円相場を捉えることが重要です。

物流も同じです。物流デジタル化による物流改革を行うための前提は、製造業経営者が物流を正しく理解することです。ところが、「物流=コスト」という、コスト眼鏡をかけて物流を見ているため、なかなか物流の世界を正しく理解することができません。物流を単にコストとして捉えるだけでは、製造業の物流改革は十分に展開し得ません。コスト視点では、上下のタテ軸でしか対象を評価できなくなり、物流が本来持つ「価値」や「社会性」を多角的に捉えることが出来ないためです。

つまり、付加価値を創造する戦略としての構築がされ難いということです。Amazonやアスクルは物流をコストではなく、最大の成長戦略として捉えて大きく成長しました。EC業だけでなく、製造業も物流をコストではなく、付加価値を生み出す成長戦略に置き換えて、物流デジタル化の構想を練る必要があると考えます。


3.縦軸と横軸の2軸で捉える

ここで、読者の皆様に質問です。コストに続く言葉として、どのような単語が思い浮かびますか?多くの方が「圧縮」「削減」「高騰」といった言葉を連想されるのではないでしょうか?
コストは、どうしても「安い」「高い」といった量的な側面に意識が向きがちです。そして、量的な視点に囚われてしまうと、高いか低いかという二元論的な思考に陥り、それ以上視野を広げることが難しくなります。

物流を真に理解し、変革するためには、経営者がまずコスト眼鏡を外し、物流を「縦軸と横軸」の二つの視点から捉えることが重要です。「縦軸」はコスト、「横軸」は付加価値となります。

では、ここで「横軸」となる付加価値について考えてみましょう。付加価値でそのまま考えても良いのですが、抽象度が高くて発想の展開が進まないという場合は、もう少し付加価値を分解してから横軸に据えてみましょう。主に以下の5つに分解して捉えることができます。

1. 「時間軸」

原材料の調達から製品の納品までの時間(オーダーサイクルタイム)を短縮することで、顧客満足度向上や在庫削減によるコスト削減を実現できます。納期遅延のリスクを低減することで、顧客への信頼を高め、売上機会の損失を防ぐことも可能です。また変化する顧客ニーズに迅速に対応できる物流体制を構築することで、競争優位性を獲得することができます。
Amazonのように、リードタイム短縮のために世界中に大規模な物流センターを建設するという大胆な戦略も、コスト軸だけでは到底なし得ないものです。

2. 「品質軸」

製品や部品の破損や汚損を最小限に抑えることで、顧客満足度向上やクレーム対応コストの削減を実現できます。食品や医薬品など、鮮度が重要な製品の品質を維持することで、顧客満足度向上や廃棄損失の削減を実現できます。また製品や部品の流通履歴を正確に追跡することで、品質問題発生時の迅速な対応や、不正取引の防止を実現できます。

3. 「環境軸」

輸送手段の効率化やエネルギーの節約などにより、環境負荷を低減し、持続可能な社会の実現に貢献できます。また使用済み製品や部品を再利用することで、資源の節約や廃棄物削減を実現できたり、環境負荷の少ない包装材を使用することで、環境保護に貢献できます。

4. 「情報軸」

リアルタイムでサプライチェーン全体の情報を見える化することで、潜在的な問題を早期に発見し、迅速な対応が可能となります。物流に関するデータを分析することで、非効率な業務を洗い出し、改善することができます。この軸で目指していくべきは、社会広域、複数業界にまたがるデジタルトランスフォーメーションです。組織や業界を超えてデータが利活用されて、社会全体でデータが価値化されている「ソサエティDX」の社会実装に貢献します。そのような世界ではより高度なサイバーファーストの物流が可能になることでしょう。

5. 「顧客軸」

顧客のニーズに合わせた配送時間帯や配送方法を提供することで、顧客満足度を向上させることができます。顧客との緊密なコミュニケーションを通じて、顧客ニーズを把握し、物流サービスを改善することができます。物流を通じて顧客に優れた体験を提供することで、顧客ロイヤルティを高めることができます。顧客のためにあえて在庫を多く持つといった逆視点
の戦略も顧客軸を視点に加えることで生まれます。

これらの「横軸」を意識することで、物流を単なるコスト削減の手段ではなく、顧客満足度向上、収益拡大、環境保護、社会貢献など、様々な価値を生み出す戦略的機能として捉えることができます。縦軸(コスト)でバランスを見ながら、横軸(付加価値)にどれだけ投資するかといった使い方になります。デジタル戦略思考に役立つフレームワークの1つです。

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4.社会全体の付加価値を創造する

食を楽しむという創意工夫がなければ、調理はできるだけ手間暇かけずに、材料もできるだけ安くといった発想になり、私たちの人生の豊かさが失われてしまいます。物流も同じです。
「モノを運ぶ」という無機質なプロセスだけで考えればコスト削減の絶好のターゲットとなるわけですが、社会全体の付加価値を創造するのが物流であるという横の視点を加えることで、物流デジタル化戦略も優れた戦略となります。

かつて日本は、太平洋戦争におけるロジスティクスにおいて、徹底的なコスト削減を追求した結果、大きな失敗を経験しています。日本軍は限られた資源を最大限に活用するため、徹底的な合理化と効率化を推し進めました。しかし、その結果、必要な物資が前線に十分に届かず、多くの兵士が命を落とす悲劇を招いてしまいました。この歴史的教訓は、現代の物流においても重要な示唆を与えてくれます。物流は単なるコスト削減の手段ではなく、戦略的な機能として捉えることが重要です。必要な物資を必要な時に必要な場所に届けるためには、コストと付加価値のバランスを慎重に検討する必要があります。

私たちの会社のスローガンである「届けるをもっとやさしく、あたらしく」というのもこうした発想に基づいています。数字で綴られた、静止画の羅列に突き動かされる人はいません。
社会との因果関係や相互依存の論理を引っ張り出して、それを横の軸にポンと置いて、物流デジタル戦略を構想し、それを組織全体に浸透させてください。物流改革を成功させるためには、経営層を含めた全社的な理解と協力が不可欠です。物流部門だけではなく、営業部門、生産部門、企画部門など、関係部門が連携し、多角的な視点から物流の価値を再評価することで、真の物流改革を実現されることを望みます。

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